クラーナハ展(500年後の誘惑)@国立西洋美術館

クラーナハ展へ行ってきました。

クラーナハの、日本初の大回顧展。

ヨーロッパではかの有名なクラーナハですが、日本での知名度はまだまだで、クラーナハの名前を冠されて大規模な美術展がされるのは初めてだそうです。

会場も空いていましたが、クラーナハが好きな画家5本指には入ろうかというほどの私にとってはゆっくり見れて嬉しいかぎりでした。

私は画家の人生とその当時の歴史を重ね合わせて絵画を見るのが好きです。やっぱ、物語性、って大事です。

その点からいくと、クラーナハって面白くって、ヨーロッパに宗教改革の波が押し寄せる中、まさにその中心地とも言えるヴィッテンベルクで工房を構えていたのがクラーナハ。

当時は教会なんかから聖人の絵を受注する仕事が多かった時代です。そこに、ルターが宗教改革を唱え、イエスやマリア、その他の聖人の偶像を拝むことは神の意に反している、みたいなことを唱えて、時にはそれに感化された人が、聖人のイコンやら装飾やらを壊したりしちゃうわけです。もちろん、彼の書いた絵画も壊されたかもしれません。

…クラーナハの仕事は少なくはなっても、多くはならないはずです。もちろん陰に隠れてお祈りしたい層のために個人の祈祷用の聖人の絵なんかの仕事はありましたけれどね。(だからあの時代のドイツは小さい絵が多い。)

で、そんな中で生み出された彼のニュービジネスが、女性の裸体。神話画のヴィーナスやらというテイにして描かれた女性の裸体が富裕層の評判を呼び、たくさんの受注に結び付きました。現代の、クラーナハ=妖艶な裸体、みたいなイメージは、いたしかたなく生まれた産物だったかもしれない、というあたりには物語性を感じずにはいられないのです。

そして、面白いのはルターの絵をたくさん描いていること。なんと、ルターとクラーナハはお友達だったんだとか。自分の仕事を減らされている元凶なのに、お友達だったというのがよく理解できないんですが、クラーナハは何枚も何枚もルターを書いています。腹の中で何を思っていたのかは分かりませんが。

でも、反宗教改革側からも、宗教改革側からも、うまいこと仕事を受ける実業家であって、そして後にはヴィッテンベルクの市長にもなってるですよ、彼。なんていうか、清濁飲み合わせてる感が半端なくて、時代がどんなふうに流れてもうまくその時代を生きた賢さ、たくましさ、みたいなところには感動を覚えます。

 

さて。今回の目玉絵画はこの2つかしら。

正義の寓意(ユスティティア)と、レイラ・パズーキ

ホロフェルネスの首を持つユディト。ウィーン美術史美術館で見れなかったので、うれしい。

来ていたヴィーナスは、管理状態も悪めで、そんなにどうというほどでもなかったかなぁ。

「泉のニンフ(1537)」はジョルジョーネの眠れるヴィーナスからの流れ、って解釈でいいのかね。眠れるヴィーナス、北方ルネサンスにも影響が波及していたなんて、面白い。

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