ダヴィンチの『最後の晩餐』はなぜすごいのか?徹底解説!

なぜレオナルド・ダ・ヴィンチは有名なのか?

レオナルド・ダ・ヴィンチは1452年、フィレンツェ近郊のヴィンチ村に生まれました。レオナルド・ダ・ヴィンチとは、ヴィンチ村のレオナルド、という意味で、本名ではありません。

ルネッサンスの3大芸術家のひとりとして数えられ、現在ではダヴィンチ・コードの影響もあり、3人の中では最も有名となっています。

しかし、彼の仕事実績を見てみると、他の2人(ミケランジェロ・ラファエロ)よりだいぶ劣るのが現実です。

ミケランジェロはヴァチカンのシスティーナ礼拝堂の装飾を任され、またラファエロもヴァチカン宮殿のラファエロの間に自身の作品を納めるなど、当時強大な力を持ったローマ教皇というパトロンから仕事を受注しています。今の日本で例えるならば、天皇や政府から仕事を受注していたようなものです。

一方、ダヴィンチはローマ教皇から仕事を受注したことは一度もありません。街の教会などからの受注によるものが一般的でした。(今の日本でいえば市中のお寺や企業と言ったところでしょうか。)その受注さえも発注者の注文通りに描かなかったり、完成させずに放りだしてしまったり。

現代のアーティストであればそういうイメージと若干親和性があるかもしれませんが、当時の画家はアーティストというより職人。今でいうと、大工や内装工事業者に類するものです。そんな人たちが、手付金を払ったにもかかわらず、途中で投げ出してしまったり依頼通りにしてくれなければ困ってしまいますよね。

彼は絵がものすごく上手だったため依頼をする教会などがあったのは事実ですが、そのような性格が災いしたのか、有力なパトロンに気に入られることは少なかったようです。でも、そんな現代のアーティストの先駆けとも言えるようなところに、多くの人が引かれているのも事実だと思います。

ダヴィンチが考えた技法

もちろん、ダヴィンチがルネッサンス三大画家に数えられるのは彼のアーティスティックなキャラクターだけではありません。彼は絵画における様々な技法を考え、また発展させ、それをルネッサンスの完成系であるラファエロへ継承させました。この功績こそが、彼が三大画家に数えられる理由です。ここでは彼が完成させた技法を紹介します。

遠近法

遠近法は、ルネサンス期を通じて多くの画家が少しずつ発展させてきた技法であり、それをダヴィンチが理論化しました。なお、遠近法には2つの種類があります。

  • 線的遠近法(一点透視図法):画面のどこかに設けた消失点(一点)から線を外に放射状に広げることで奥行きを表現する技法
  • 空気遠近法:手前のものははっきりと、遠くのものは薄くぼかして描くことで奥行きを演出する技法

陰影法

陰影法も、ルネサンス期を通じて多くの画家が少しずつ発展させてきた技法をダヴィンチが理論化しました。陰影法とは、色の濃淡によるグラデーションで立体感を出す技法です。

スフマート

スフマートというのは、レオナルドが発明したぼかし技法です。油絵具を何重にも重ねることによって、輪郭線が分からないほどなめらかなグラデーションを再現する技法です。

一番ダヴィンチのスフマート技術が分かりやすいのは「モナ・リザ」と言われています。

三角構図

ダヴィンチが作り、そしてラファエロが完成させたルネッサンスを代表する構図が三角構図です。

ラファエロがダヴィンチを尊敬し、技術を引き継いだことも大きな要因でしたが、とにかくこれらの絵画技法は後世まで圧倒的な影響力を持ちました。そのためダヴィンチはルネサンス3大画家の1人に数えられているのです。

最後の晩餐とは聖書のどんなシーンか?

さて。それでは本題の「最後の晩餐」のシーンに話を移します。

最後の晩餐とは、聖書の以下のページに記述されたエピソードです。

  • マタイによる福音書 26章 19-25
  • マルコによる福音書 14章 17-21
  • ルカによる福音書 22章 21-23
  • ヨハネによる福音書 13章 21-30

イエスが処刑される前日、弟子の中でも最も大事にしていた12人とともに最後に食事をするシーンです。その中でイエスは、この12人の中の誰かひとりがイエスを裏切るだろう、と予言をします。そして弟子たちは、「まさか、わたしのことでは」と動揺するのです。

結局、ユダがキリストを裏切ります。もちろん、この時は他の弟子はその事実を知る由もありませんが。

ユダは、ユダヤ教のファリサイ派の教師やサドカイ派の僧侶達にイエスの居場所についての情報を銀30枚でもって売ったのです。(ちなみに、現代に直すと100万円前後だとか。)その結果、キリストは裁判にかけられ死刑を執行されてしまいます。

最後の晩餐が飾られる場所は?

最後の晩餐は、食事のシーンを描いたものです。ですので一般的に、教会の食堂や貴族の食卓用などに描かれることが多かったようです。

実際、ダヴィンチによる『最後の晩餐』も、ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁画として描かれたものです。

他の画家はどのように最後の晩餐を描いているのか?

「最後の晩餐」のシーンはキリスト教の教えを伝える上でとても大事なシーンなので、様々な画家が各教会からの発注を受けて描いています。

これは、レオナルド・ダ・ヴィンチが『最後の晩餐』を描く約10年前、1481年にロッセリーニという画家がヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に描いた最後の晩餐の絵です。

Cosimo_Rosselli_Ultima_cena

これは当時の一般的な最後の晩餐の構図です。裏切り者のユダがひとり手前に置かれ、それ以外の弟子が彼と向かい合う構図となっています。

キリスト教絵画では、その時代・その時代で、「このシーンはこう描くのが定番!」という決まりがあります。文字の分からない民衆にキリスト教の教えを学ばせる目的で描かれているので、分かりやすい構図や説明しやすい構図が求められたからです。

…でも、ダヴィンチはこの構図が、ちょっとおかしいと思ったんでしょうね。

だって、最後の晩餐をしている時点では、裏切る人はユダだと分かっていたわけではありませんから。こんな構図では、ユダ以外の弟子もユダが裏切りを行う奴だと気付いてしまいますよね(笑)。

実際は、「誰だ!お前か!ふざけんな!」と、弟子同士が入り乱れて騒いだはずです。

ダヴィンチの『最後の晩餐』を解説

さて。それではダヴィンチの『最後の晩餐』を見てみましょう。まずは一般的な解説です。

Leonardo_da_Vinci_The_Last_Supper

ちなみに、ダヴィンチの『最後の晩餐』は、彼の作品の中でも数少ない最後まで完成させた作品です。

テンペラ画

この時代、普通であれば壁画を描くときにはフレスコ技法で描くのが一般的です。フレスコ技法とは、壁に漆喰を塗り込み、それが乾くまでの間に色を付けるという技法です。この技法では、後から塗り直したり修正したりすることができません。

一方、ダヴィンチは、油絵で何度も上から塗り直すスフマートの技法を得意としたので、フレスコ画は苦手でした。そこで、『最後の晩餐』はテンペラ技法という、卵で絵具を溶く技法で描くことにしました。

しかし、テンペラ画は湿気が多い食堂には向いておらず、絵具が定着せず、すぐ剥がれる結果になってしまいました。大規模修復後でも薄い絵しか残っていないのには、このような理由があるのです。

消失点

この作品は、イエスの額のあたりに消失点と言われる1点があり、この点を中心に糸で線を引き、構図を取ったことが分かっています。実際に、この壁のイエスの額部分には、穴が空いているんだそうです。

davinch

消失点を利用した遠近法は、ルネサンス期を通じて多くの画家が少しずつ発展させてきた技法をダヴィンチが理論化したものであり、この作品はまさにそうしたダヴィンチのすごさを現世に伝えるものであるといえます。

ユダの位置

ダヴィンチの描いた『最後の晩餐』は、それまで描かれてきた最後の晩餐と、ユダの位置が違います。

先ほど紹介したように、それまでの最後の晩餐では、ユダだけが手前に置かれ、区別されています。また、ユダは黒い服(罪人の印)を着て、キリストを売ることで得た銀貨30枚の入った袋を持っていることが一般的です。

Cosimo_Rosselli_Ultima_cena

しかし、ダヴィンチの『最後の晩餐』では、弟子は以下のように並んでいます。

Leonardo_da_Vinci_The_Last_Supper

バルトロマイ、小ヤコブ、アンデレ、ペテロ、ユダ、ヨハネ、イエス、大ヤコブ、トマス、ピリポ、マタイ、タダイ、シモン

この絵画では、当時の常識では考えられない位置にユダが置かれているのです。

他の弟子とともに一列に並んでいることも衝撃的ですが、ユダの両脇にいるペテロとヨハネは、イエスの腹心中の腹心であることも同じくらい注目に値することです。

通常の絵画であれば、ペテロはイエスが一番信頼した弟子としてイエスの左に、ヨハネはキリストが一番愛した弟子としてイエスの右に描かれるのが一般的なのですが、そのような形は取られていないのです。

この絵ではペテロとヨハネの間にユダが入るという構図になっています。これは当時の通常の配置としては考えられないことです。ではなぜダヴィンチはこのような構図を考えたのでしょうか?

裏切ったのはユダだけなのか?というダヴィンチの問い

一般的な話としては、ユダだけが裏切り者で、そのせいでイエスは十字架に架けられたことになっています。しかし、本当にそうだろうか、とダヴィンチは絵を見る人に問うたのだ、という考え方ができます。

ペテロは生前のイエスから、「鶏が鳴く前に私を三回知らないと言うだろう」と予言されます。そして実際、キリストが捕えられ尋問を受けている間に、キリストの仲間であることを疑われたペテロは、「神に誓って自分はイエスの仲間ではない、彼のことは知らない」と3回に渡り否定をしてしまうのです。

のちに初代教皇となり一番の弟子だったペテロでさえ、イエスのことを裏切った。そう考えると、裏切ったユダだけを罪人として手前に置くのではなく、みな人は罪人なのだ、というイエスの教えを真に表した絵であるとも言えるのです。

そのようなダヴィンチなりの意見を絵画に投影させたところが、アーティストの先駆けとしてのダヴィンチの魅力だと、私は思います。

 

以上で私なりの『最後の晩餐』徹底解説を終わります。楽しんでいただけましたでしょうか?以下は、おすすめ図書です!

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